【内田式】正しい結婚相手の選び方!結婚とは不幸の道連れ旅!!

雑記
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【内田式】正しい結婚相手の選び方!結婚とは不幸の道連れ旅!!


こんにちはヤンヤンです。
武田鉄矢の『今朝の三枚おろし』をYoutubeで、作業用BGMとしてたまに聞いています。
自分が普段絶対に手に取らない本を紹介してくれてて、とても重宝しています。

今回は、内田樹(うちだたつる)著の『困難な結婚』を解説していて、面白かったので、みなさんと共有したいと思って要約してみようと思います。

要約(意訳・超訳を含む)

内田氏の言葉か、武田氏の言葉か正確に区別できなかったので、全て武田氏の言葉として紹介する。

「男なんてみんな同じよ」

結婚を願う時「もっと良い人」絶対にあなたの前に現れません。
「ビビッ」と来ません。逆に「ビビッ」と来た人と結婚してはいけない。
結婚の実相をもっとも正確に娘に伝えられるのは母親だ。母親が背中越しにボソッと呟いた言葉にこそ結婚の実態がある。

「男なんてみんな同じよ」

女性は男性の高い才能に惚れて結婚するが、家に帰ればたいたい男は同じ程度。
もしハイスペックな男が家でその能力を発揮した時、その男は妻にとって暴力にになる。能力のある男が家庭でその能力を表現しようとすると、女性は不幸になる。

結婚とは「貧乏」と「病気」に耐えるためにある。男女ワンペアになると、意外と耐久力がある。

どうすればこの人がアンハッピーな時に助けてくれるかどうか分かるか?比較的貧しい旅行をすると直ぐわかる。
新聞紙の使い方で生きる力が見分けられる。

「私にふさわしい相手だったら、本当の私らしさを引き出してくれるはず」。「もっと元気になれる。」「もっと自己実現できる。」そんなこと結婚して、人生で絶対に起こらない。

栄養ドリンクやサプリメントを飲んで健康を保っていると思っている。「それは薬のおかげだ」と言う人はいませんか?その薬が効いているかどうか確かめようがありません。なぜならサプリを飲んでいないあなたはどこにもいないからです。確認しょうがない。

同じように、「あの人と結婚した私」「あの人と結婚しなかった私」がいない限り、比較のしようがない。


体のシグナル

コミュニケーション感度、他者の呼びかけに応答する能力を塞いで、自分の受け持つ仕事の効率のみを急ぐ時、自分の体が発信してくるシグナルを聞き逃しやすい。

この人と結婚すべきかどうか自分だけの正解を求めないでください。葛藤してください。葛藤を経由しないと、自分の体が発するシグナルに鈍感になる。その矛盾に耐えられないと、免疫不全になってしまう。

1つに正解に囚われてしまっていると、自分の体の声を忘れてしまう。自分の体のシグナルにもっと敏感にならなければならない。

例えば、「なんかアイツといるとホッとするなー」みたいな感じ。身体ベースで。

自分の体の発するシグナルに耳を塞ぎ、やらなければならない仕事に追われるという性格にしてしまうと、過労死の過労死の危険性が出てくる。

過労死とは、その仕事を嫌っている体のシグナルを無視して、やらなければならないというモチベーション・動機に引きずり回されしまう。

「給料が良いから」頑張るんだ!「せっかく正社員にしてもらったから」頑張るんだ!「立派な会社に入ったから」頑張るんだ!

1つの正解に囚われていると、その仕事を嫌っている体のシグナルを忘れてしまう。

先月、何日もお風呂に入っていない女性社員が、目が真っ赤に充血してて、会社に出ていったら、上司から「目なんて充血させるな!」と言われて、「私には目を充血させる自由すらないのか」と全身で仕事を拒絶しているんだけど、結局この女性社員は自殺に追い込まれた。


パートナーは便利

体が嫌がっているどうしようもない事を、頭でねじ伏せようとするから、体に矛盾が起きるのではないか。そのためにも結婚は便利だ。

体が葛藤しているときにパートナーがいると、実に便利だ。妻が一生懸命体の悩みを頭で押しつぶしている時に気づくのは夫だ。「張り切っている割に、会社に行く足取りが重そうだね」とか指摘してくれる。

病院で、本人も気づいていない体の不調を、妻の方がが気づいている。「この人秋口あたりから様子がおかしかった」「階段を昇るときなんども足を止めた」。パートナーの方が相手に異変に気づきやすい。

朝妻にボソッと「変な咳してたよ」と言われると病院に足が向く。

パートナーがいないと、自分の体の異変にまったく気づかずにずーと遊びまくっている。他人が絶対言わないようなことを言ってくる。


神秘主義じゃないと結婚できない

恋に希望があるとつまらない。

人を好きになる。一緒に居たくなると言う心情の起源を語れる者は人類に誰一人居ない。結婚とは、科学と信仰をこえる神秘なのだ!

ゆえに結婚式では神を呼び出す。

哲学的には人は「今」・「ココ」・「私」に生きている。

成長するためにはお、「今の私」ではない私を目指して歩き始める。

母に抱かれていた幼児の頃は世界のすべては母であった。そして母から呼びかけられている内に、そんなモノがあるとも知らなかった秩序に参加するようになる。

私たちは自分の物差し・価値観とは違う大いなるモノに向かっている時、何事かを誓う。

高校・大学・社会へと歩き出す時、合格祈願を神社でする。無事に就職が決まると親子そろって墓参りをしたり。花や水を石の墓碑に供して手を合わせ祈る。

結婚も同様、私の理解も共感も絶した他者と一緒に暮らすと決意した時、神を呼び出し誓う。

嫁とは他者。

結婚を私事にしないで、公事にすると誓った。

「富める時も、貧しい時も~愛を誓うや?」と問われ、本当は「ちょっと自信ないです」と言いたい所を押さえつけて誓う。
無理くり誓うからこそ呼び出した者への誓約が生きてくる。

「コレは無理かもしれないな」と思うと、心の中にわだかまりが出来る。何十年か経つと守ろうと言う気になってくる。

結婚して「3年目の浮気ぐらい」の頃はダメ。「もっと良い人いたじゃん」とか思う。

お互いにジジイとババアになるとケンカはしても、顔を見て「コレで良いか」と思う。それを「愛」と呼べるのでは?

結婚式の誓いに自信がなくなってくるが、年を取ってくるとこれでいいかという気になる。それが愛。

結婚したらひたすら愛と共感に基づいて行動して。

一番大事なことは、結婚は契約行為ではない。連れ合いの欠点をいくつ見つけるかが結婚だ。

しかし相手の欠点をマイナスとしてカウントしてはいけない。逆に長所をプラスとして足すだけ。

車を初めて買う時、知ったかぶりの先輩はあなたに必ずこう言います。「免許取り立てでどうせぶつけるから買う車は中古で良いよ!」「その方が安心してぶつけられるから。」
このアドバイスを真に受けてはいけない。世の中で一番恐ろしい言葉は「どうせぶつける。」これは呪いの言葉と同じ。
この言葉を信じると、どっかぶつけた時に、「やっぱぶつけた」とあなたはぶつけた事に安心してしまう。
これが結婚と同じ。ぶつけないために全力を尽くす。そのためにピカピカの高い新車を買うことだ。そうすると人間はぶつけない努力を全力でする。

日本の素晴らしさは、結婚に契約を持ち込まないこと。アメリカの不幸は結婚に契約を持ち込むこと。例がブラピ(ブラッド・ピット)。

「神秘主義じゃないと結婚できない」

家庭とはやはり権力闘争の場である。家庭にはボスが必要だ。

レビナス著『困難な自由』

夫と妻の間には千里の隔たりがある。一生を共にして300ぐらい近くなるが、まだ700里ぐらいある。

いずれ愛していなくても「愛している」と言えるようになるし、平気で抱き付くようにもなる。
そういことが技としてできるようになる。他者として遠く置いてきながら、それでも触れている。この矛盾を達成した夫婦こそが夫婦なのだ。

夕日がきれいに見える断崖絶壁。
そこに妻を絶たせて、「もう少し下がってごらん」「もう少し下がってごらん」と言っている内に妻が静かに笑いながら、
「アッ殺そうとしてる!」

殺意をもジョークにできる。これが夫婦。

夫婦と言う関係を完成させた夫婦に共通しているもは、「機嫌のよさ」。


エコロジカルニッチ

エコロジカルニッチとう生物学の概念がある。
一定の自然環境の中で、複数の動物たちが強制されるには、ライフスタイルをずらすと言う素敵な知恵がある。
夜行性←→昼行性、肉食←→草食、地下←→地上←→樹上←→空中←→水中など。
相手が居ないときに、居ない場所で、相手がしないことをしている。これがエコロジカルニッチ。

妻が居るときは、妻の邪魔にならないように家の隅でジーーーーとおとなしく、出ていったらやりたいことを全部やる。
これが野生の知恵。これがエコロジカルニッチ。

生き物と言うのは様々な知恵を絞って共生を達成するのである。

一緒に居るときは相手の邪魔をしない。それが鉄則なのである。
家族と言うものは一日に1回1時間ほど集まって何もせず、その時間がやってくるとやがてバラバラに部屋に散る。それぞれに家族に言えぬ秘密を持ち、またその秘密を薄々知りながらも口には出さない。それで立派な家族なのだ。


秘密を持たない家族は家族じゃない!

内田樹がカッとなる事件があった。

ある日、お役所からお手紙が来て、上手く行く家族のアンケートで「お互いに秘密を持たない」と言うのを見て「秘密を持たない家族を家族と呼べるか!」とカンカンに怒った。

「本当の事言って」と妻にせがまれ、つい告白し、二度地獄を見たことがある。
本当の事言うと大変なことになる。


結婚は難しくない

愛情と理解の上に結婚生活を構築しなければならないが、結婚はそれほど精密に愛情と理解の上に成立する制度ではない。

結婚を難しく語る人がいるから、しなくなる人が出てくる。

結婚は誰でも気軽に参加できて、決心さえるば誰でもすぐできる。これが結婚という制度だ。

それを難しく語る人がいて、それを鵜呑みにする若い人がいる。

不完全な愛情と理解で十分可能な相互理解が結婚ではできる。そういう風に制度設計されている。

「この人で良かった」と初期設定を振り返るという愚かなことをしてはいけない。
「この人かな」と思ったらして良いんだ。
それで上手く行く。
昔の人のお見合いなんて滅茶苦茶だった。

全然会わずにと結婚してた人なんて、山ほどいた。それで全員が離婚したわけじゃない。ほとんどの人が最後まで全うしている。


一度だけの勘違いが結婚の決め手。

出会いの時とても素敵に見えた。
「この人しかいない」と私は思った。
でもどこにでもいるタイプの人だった。しかしこの人が積極的に私を裏切った訳じゃない。
私の方がそう思った。そんな勘違いをした後、勘違いをする人はもう現れなくなった。
その人は最後の勘違いの人だった。それだけで結婚するに値するのではないか。

若い人に伝えたいのは、
「私が居ないとこの人はもっと不幸になる」
と不幸を予感させる人じゃないと、結婚する気にならない。

一度だけの勘違いが結婚の決め手。


男女の違い

男の欲望は記号的である。
「良い車」「良い服」「良い時計」を付けて、「良い女」を連れている。良いを並べないと男は気に入らない。

それに対し、女の要望は実利的である。
男の場合、本を並べたがったり、フィギアを並べたがるが、女はカテゴリーがあいまいで、例えば「かわいいモノ」と言う分類で収集する。
自分の生理的利便性が女を支配している。
台所がから見えにくいと言う理由で、リビングに大き過ぎる時計を掛ける。

正月お餅を、男は神棚など神様に近いなるべく高い所へ備えようとする。
女は棚などなるべく低い所へ備えたがる。

「高いところに置いておくと片付けにくいのよ!」。
片付けることを先に考えて置くと言うことが、男には理解できない。

女房に逆らうな!
彼女の主観的な秩序が我が家を支配している。
逆らわず、女房を鑑賞しなさい。「へぇーお見事!」と。

結婚すると人は変わる。
まず結婚するとあなたの体に激変が起きる。
高値の花が少しも羨ましくない。
例えば、自家用ジェットに乗ってドバイの空を飛んでいる。ペントハウスでアラブの友人とシャンパンを飲んでいる。そういう暮らしがちっとも羨ましくない。そう言うことは、高須クリニックに任せておこう。

結婚すると何が羨ましくなるか?

結婚するとちょと上のやつが羨ましくなる。

2DKに住んでいると、3LDKに住んでいる同じ年頃の夫婦が羨ましくなる。
イタ飯屋に夫婦で外食に行くと、「本日のサービス定食・サラダ付きトマトソース海鮮スパゲッティ」これで憧れた定食だったのに、隣の夫婦が定食に付いているサラダをわざわざ断り、「気まぐれサラダ」を注文し、ピザをプラスした。
この時に「あっこいつ気まぐれ頼んだ」と羨ましくなる。
これが結婚してからの変化。やろうと思えば手が届く範囲。
残すことを前提に頼むやつにムッカっとする。


妻の理由の分からない不機嫌

配偶者の不機嫌は、夫婦にわずかなズレを感じさせる時、妻側からの発せられるシグナル。
ある意味ズレを修正させるべく取引のサイン。
「不快に耐えてお前と一緒に居てあげているんだ!」「私の忍耐を、バッグを買うことで補え!」
女の人は不快を取引の材料にする。

どうすれば妻の機嫌が良くなるのか、そんなことを考えてはいけない。
あなたが機嫌よく振舞えば良い。
男女はすぐに倦怠を起こしやすく、生き物として、「あなたのせいで自分の人生飽きちゃった」みたいなストーリーをすぐに心に仕立てる。
この倦怠は実は自分自身に飽き飽きしたもので、配偶者は何も関係ない。だから、自分にもっと好奇心を呼び込もう。
自分の中の未知の素質・資質を発見すれば、配偶者からの不快な突き付けに対しても機嫌よく応じられる。
この瞬間不快を引き受ける自分の資質に感動するはず。機嫌が良いが大切。
あなたの機嫌の良さを引き出したのは誰か?不機嫌な配偶者だ。
一生に一度そう思えただけで、その結婚は成功なのだ。
良かったと思ったあなたは、この人類史の中で成熟を達成した成人として、若き頃、押さえつけてしゃむにに神殿で誓わされたあの言葉、「一生愛します」を成し遂げた奇跡の人になる。
あなたは気づかないでしょうが、あなたの頭上には神からオリーブの冠が送られる。

まとめ

結婚とは不幸への道連れ旅

自分はまだ未婚なので正直良く分からなかったけど、とても興味深い話しでした。
「そういうモノか」と一々感心しました。

この話しを聞いて「結婚とは不幸の道連れ旅」と言うのが結論です。

昔から「一人じゃ食えないが二人なら食える」と言う言い回しがあります。
貧乏人こそ結婚すべきなのに、お金がないから結婚できないと言う昨今の現状は捻れてるのかもしれません。
機会があるか分かりませんが、もしそう言う時が来たら参考にしたいです。



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